スポンタさんのブログがどうしても読めない謎


最初に断っておくが、これは別にスポンタさんをネタにしてからかおうというのが狙いではない。僕が関心を持っている1人の偉大な(おそらく偉大である)ブロガーのブログをことごとく僕が読むことが出来ないのはなぜかという、人生の深い謎について考えてみようという壮大にしてチンケな試みである。


ある時どういうわけか、間違って(ごめん)スポンタさんのブログをRSSに登録してしまったので、毎日凄い量の思念がスポンタさんの方向から飛んでくる。で、その量たるや半端じゃなくて、気まぐれに書いたり書かなかったりする私になんか本当にもうまねの出来ない量なので、凄いなあと思っていて、エントリーの内容にも関心がないわけではない。それどころか大変に興味の持てるものも少なくない。


僕は毎日スポンタさんのブログを読みたいと思い続けているのだが(本当)、どうしても読めない。何でだか判らんのだけれど読めない。興味があるのに読めない。何じゃこりゃあで読めないイカにも海老にも読めない。


この間のコロンボ刑事が来た一件(ん?違ったか)については、ある程度の緊張感を持って読むことが出来て、おーこれからは読むようにしようと思ったのだがやはり読めない。

僕は、まるで「そこにスポンタがあるから」というだけで、幾度となくその険しい頂を見上げ、幾度となくその岩壁にへばりついては、空しく滑り落ちているクライマーのようである。


例えば最近のエントリー

NHKの「ネット社会」のこれから。視聴者参加番組を見る。

出だしからこうくる。


番組にパネラーとして呼ばれない自分を反省しながら、つらつらと見た。

・・・・・・・!!

わ、凄いとか思ってしまって、先へ進まない。最初の一行で驚いてしまって進まない。インパクトが強すぎる。私なんざ、生まれ育ってウン十何年。あらゆる番組やイベントでそこにパネラーとして呼ばれないことについて「反省」なんかしたことは一度としてない。わーっと思ってそこに立ち尽くしちゃう。


で、考えた。



なぜ僕はスポンタさんのブログを読めないか。



(1)難しすぎてわからない
→スポンタさんの見えている世界が多次元世界というか、違う領域にあるので僕にはそれがわからない。つまりぼくが馬鹿なのかもしれない。


(2)インパクトが強すぎる
→上のはその一例。驚いちゃって先へ進めない。つまり僕が臆病なのかもしれない。


(3)図が怖い
→スポンタさんの書く曼荼羅のような図が、いつもほとんど意味がわからない。わからないことにいらついてしまって先へ進まない。でも最近図が手書きじゃなくなったので少し読みやすくなった。


(4)何かコメントを書くとお礼を言われそうで怖い。
→スポンタさんは律儀な人で、かなりなことを書いても、反論した後「ありがとうございました」の一文で〆る。あれを読むと、脱力的敗北感を味わってしまい、怖くてコメントを書けない。ということを考えると怖くて記事も読めない。


(5)例がわからない
→例えば・・で始まる後の例示がまず絶対にわからない。そこまではなんとなくわかっていたように思って満足して読んでいると、「例えば・・」が始まり、その先の例示が全くわからなくて愕然とする。それまでわかっていたと思っていた私が馬鹿だったのかと、深い絶望感に襲われる。


こんな情けない状態なのに、ぼくはRSSからスポンタさんを外すことができない。まさにスポンタマジック。スポンタさんのブログには、何か凄いことが書いてあるような気がして、いつか読める日が来るのではないかという期待感も捨てることが出来ない。白状しよう。僕はスポンタさんのフィードの扱いを、今後どうすべきか苦悩している。あるいは松永さんの件以上に苦悩している。


「歌田氏に名指しで無視された」とはスポンタさんの名言であるが、きっとスポンタさんの文章はスポンタさんの書く、あの「曼荼羅」のようなものなのだろう。心迷う人がその前に立つと、全てを宇宙のように解き明かしてくれるような、あるいは一層の混迷の中に叩き込むような、そんなインパクトと未知への期待と恐怖に溢れている。「コロンボ刑事」にしても、深刻な機密を抱えながらスポンタさんのところに現れたのかもしれないのに、スポンタさんと対するとなぜか、コロンボになってしまう。


歌田さんや鳥越さんはきっと、その怖さを動物的に嗅ぎ取って逃げて行ったのだと思うし、その気持ちは僕にもわからないわけではないのだけれど。その点、有名人でありながら、正面からスポンタさんに切れまくった室井さんは本当に凄いと思う。


いつかスポンタさんのブログが読めるようになる日を心から待ち望みつつ、精進に励みたい。(皮肉じゃないですから。ホントに)


補足)
最近、よく娘さんの話題を取り上げておられるが、スポンタさんは、一体娘さんとどんな調子で会話をしておられるのだろう。許されるなら、一度そっと柱の陰から見てみたい。