あ、忘れたもひとつ


真面目に書く。

■psycho78氏へ連絡


psycho78さんが示した中で、このエントリーだけは残す。補足すると、私と株式会社はてなの間では、まだ話の決着はついてない。ここのところの認識がどうもpsycho78さんは勘違いしているようであるので説明する。




(引用開始)

【お互いズイマーなエントリは消して、対話するなり議論するならそれなりの礼節を持って】という取り決めの申し出が炎上師匠からあった。で、僕は炎上師匠の「全面的に絶対削除を求める」とはてなに申し入れた削除申請にも従った。そこにあるのは僕と炎上師匠の間の話であり、これも松永氏の知るところじゃない。
(引用終了)

そもそも、私はあなたのエントリーの全面削除など求めていない。私は削除してもらいたいエントリーを具体的にはてな側に指摘した。そのエントリーリストと削除申請理由は、あなたにも連絡がいったはずだ。
あわせて、あなたによって該当箇所の削除が行われた後の対応については、はてな側からの説明を受けた上で再度はてなと話し合うことになっていた。で、その話し合いはまだ行われていない。個別のエントリーが削除されない、あるいは今後も同様のことが続いた場合にはどのように対応するか、はてな側の対応フォーマットを聞き出すことなどに少々の時間を使った。

実のところ、あなたがはてな側の「削除申請に従った」ことの確認も、あなたのこの記述で初めて知ったほどである。それまでは、類推して「おそらくわかっていただけたのだろう」と思っていたのみ。


で、私達がこの「削除」行為で一定の「停戦」を見たことには同意するが、それはテンポラリーな停戦でしかなく、未来永劫のものではない。つまり、これをもってあなたとの間で相互理解がなされたとは私は未だ認識していない。それはあなたの直近のエントリーを見ても明らかである。ここのところを誤解されては困る。




(引用開始)
…いやさ、id:BigBang氏。あの時に僕がBigBang氏に差し上げたメールの全文公開を要請します。あのメールはhotmailを利用して差し上げました、こちらには送信済みとしても、下書きとしても文書は残っておりません。氏はあのメールを「恐喝めいたメール」として訴訟に向けての用意があるとお伺いしております、当然証拠物件として保持されておられますよね?あのメールに、「東山出版」、「登記」という単語、もしくはそれを連想させる言葉が含まれているかどうかに関する説明をお願いします。
(引用終了)

確かにあなたから来たメールには「東山出版」も「登記」の記述もなかった。「この祭りが行われた靖国神社の周辺に何があるかご存知ですか?」という隠喩的な表現があるのみ。私がこれを東山出版のことと受け取った理由は、これは松永さんならよくご存知だと思うが、東山出版が最初に登記された場所が、靖国神社からそう遠くないからである。折りしも、ネットでは東山出版の登記の件が時折話題になっていた。そのこともあり、私はこのメッセージを登記に関する確認の要求だと受け取った。


聞けばあなたによれば、それは九段坂病院のことだったという。ああ、そうですか、と私は言うのみである。だが、もとよりあなたにしてみれば、私に対して後づけで常に逆の回答を示すことができるし、また敢えて核心を明記しない書き方をした以上、私がどのようにとろうと許容すべきであろう。結果的には登記の確認も出来たし、これについてとやかく蒸し返す所存はこちらもない。文面についても公開の必要を感じないので、これに留める。


ところで肝心のあなたは結局松永さんの見舞いに行ったのかな?それであれば少なくともあなたと松永さんは1回は面識があることになるが。あるいは自分が行きもしない病院の位置を謎掛けしていたとすれば、それもずいぶんな話ですね。

※あ、東京にお住まいとは限らないか。w



話を戻す。


私が前述のエントリーのみ残した意味は、あなたにあの時点での経緯を忘れないでいただきたいと思うからである。何も状況は変わっていないし解決もしていないが、あなたが松永さんと別人格であるのなら、これ以上あなたと話すことの理由も意味も私には感じられないけれども。

「不自然なこと」とかいろいろ


くれぐれも一般論として。


自分の思考方法に関して最近如実に自覚していることがある。それは、「不自然なこと」に関してこだわりが強いということだ。流れの中で感情的な、あるいは論理的な部分で理解できることと、どうしても理解できないこととがある。そういう形で何か「不自然な」現象が出てきた場合、僕はそれにこだわり続けるようである。



で、こうした思考方法と逆に「(偽であると)証明できないなら不自然さも許容すべきだ」、あるいは「不自然であると感じる理由を説明できない」なら、「不自然である」と考えるその見解そのものを撤回すべきであると言う考え方もあるようである。こちらの立場からすると「では自然であると思うならそれをこちらに納得させてくれ」となり、まあ堂々巡りになることが多い。



事実の真偽に関して100%の「明確な証拠」を見つけることは、ネットの世界では困難であることが多い。本人認識の問題もそうだし、シンジケート的な人と人の繋がりもそうだ。誰と誰が結託しているとかいないとか、証明のしようがない。これを必要以上に拡大解釈すると、過剰かつ滑稽な謀略論になってしまうのはわかるが、その逆もまた証明は難しい。つまり真偽いずれもね。
ではパソコンを離れて歩いてみたとして、何かを掴んだとして、それを永久にネットにフィードバックしないでいいのか。あるいはどのように戻すのか。「見てきたからね、おいら。」で済むのか。



「いや、いいのだよん。mixiに戻すからねん。お前のいる場所には戻さないだけだよん。」


という思考も最近強いようだね。mixiだったら、「準備の整っている」者だけが対象になるから、ある意味楽だ。わからんではない。しかし今度はそのmixiというクローズな空間から永久に答が外に出てこなくなってしまうんだけれどね。



まあ、当事者がそれでいいと言うならそれでいいのかもしれないが、外からは出せ出せと言われ続ける。外にいる人のほうが数が多いからね。当たり前の話だけれど。



法理では、「疑わしきは罰せず」となり、ある意味明確であるが、ネットではよく「印象操作」という言葉が使われて、極端な話、質問しただけでも、その質問の意図が邪推されて「印象操作である」とされることがある。平たく考えて聞かれれば答えればいいだけの話であるが、中には答えるのが難しいというより、そもそも何を聞きたいのかわからないような質問もあるから一概には言えないが。



で、ちょっと枝葉に入るが質問という形式にふさわしいテーマであるかどうかということもあるな。ある種の批判なり糾弾なりを続けているに過ぎないのに、それを相手に「質問」という形のみで迫っても不毛であるとは思う。それはQ&Aではなく、「議論」なのだが、それがかみ合わないと「答がない」と称す。実は答がないのではなく、意見がかみ合わないのである。つまり反論は返ってきているのだが、それを受け止めず「答がない」とする。


話があちこちに飛んだけれど、元々うだうだだから、気にしないで(?)欲しいのだけれど、そういうわけで何が言いたいかというと、「不自然なこと」への引っ掛かりが私はちょっと強いんですとそれだけの話。


くれぐれも一般論として。

psycho78さん、大変に申し訳ない


あなたが過去のすさまじいエントリー記事を全て消したというのに、それに応えた私の記事のみ残っていたというのは、何とも片手落ちだった。
まあ、こういう利用のされ方は想定していなかったのでね。リストアップしてくださってありがとう。あなたに合わせてリストにあった記事は全て削除させてもらったよ。

早く言ってくれればいいのに。

取り急ぎ。


【参考リンク】
■id:Ereni女史へ。