プライスがくれた時間「若冲と江戸絵画展」-----風のそよぎこそなかったけれど



このサイトのテーマに使いながら、なかなか観にいかれなかった「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」に、ようやく金曜日行くことができた。金曜日は夜8時までの開館とあって、なかなか混んでいたけれど、今まで行った美術展の中でも特に印象深いものだった。


元来僕は「コレクション」とか「蒐集」とかいう種の行為に好感を持っていない。美術作品だの、書籍だの、レアモノだの私的に集めて囲ってそれがどうなんだという思いが強い。広く世間に「散りばめて」おけばいいものを、敢えて自分が囲って保管するその気持ちの裏にある所有欲と言うか、モノへの執心のようなこだわりに美しさを感じないのである。

しかしながら、今回のプライスコレクションを見て、「コレクション」への考え方が少々変わった。優れた審美眼がある人物が、有名無名の作品を評価し、散逸することなく保持していてくれたおかげで、こうした遭遇の恩恵に預かることができるとわかった。


プライスの父は、パイプラインの敷設で財をなし、フランク・ロイド・ライトオフィスビルの設計を依頼したことから父子2代にわたる親交を結ぶこととなったという。さらに、このライトとの親交が、プライス氏の日本画コレクションのきっかけとなったのだという。
プライスは、そうした縁からライトのお供である美術商を訪ね、そこでまだ景和と名乗っていた若冲の若書の「葡萄図」にめぐり合い、その魅力に魅せられ、以後若冲のコレクションから江戸絵画のコレクションに続いたという。その後、長沢芦雪、曽我蕭白など旺盛な好奇心や空想を併せ持った江戸の前衛画家達の作品を収集。正統派の江戸絵画ではなく、異端の絵師たちの自然界への鋭い洞察と個性的な表現がコレクションの眼目となっている。



若冲という特異な絵画師は、こうしてプライスが日本に「逆紹介」することになった。若冲は「具眼の士を千年待つ」という言葉を残した。「自分の絵の価値は千年後にわかるだろう……」若冲の執念は、200年を経て米国人プライスによって奇しくも我々の前に現れることになった。


金持ちのボンボンゆえの道楽とも見られがちであろうが、図録のプライス自身の言葉によると、「どの作品を手に入れるときも楽に買えたものはなく」コレクションのために「膨大な負債を」引き受けることになり苦しかったとの節がある。だが、作品が自室にやってきたときのときめきに比べれば、そうした負債を後悔した事はない、という。






若冲の作品では「鳥獣花木図屏風(ちょうじゅうかぼくずびょうぶ)」が見事だった。とても江戸時代に描かれたものとは思えない斬新な着想と筆相。モザイク画、升目(ますめ)描きという手法は、ユニークな動物達てんこもりの配置と相まって、自分が江戸時代の日本画に対して持っていた先入観を砕いてくれるものだった。
同じ感慨を持った人は多かったと見えて、ちょうど混雑する時間帯ではあったが、この絵の前で立ち止まり、動かなくなってしまう人は引きも切らず、立ち止まらぬように、係の整理が出るほどであった。若冲の奇才を明確に伝えている一点だと思う。コーナーテーマの「エキセントリック」という言葉にも納得できる。


「 特別展示(光と絵画の表情)」のコーナーでは、舞台に使われるような照明装置を使い、「自然光のように変化し、作品に表情を与える陰影ある光」を実現している。つまり作品との間のガラスを廃し、変化する照明により、作品の質感と色とを自然にある状態のままで再現しようという試みである。
カリフォルニアにあるプライス邸では、「太陽光の量を調節するオートマティック・ブラインド」と「横方向からの強い光を和らげる障子スクリーン」によってアメリカ西海岸特有の眩しい光が和らげられ、日本の美を鑑賞するための優しい光に変えられているということであり、その発想が取り入れられている。
優れた絵画を、蝋燭の揺らぐ光や、夕の風のそよぎの中で観ること、その得がたい体験のの幾ばくかを仮想体験させてくれるのであり、展示方法の中にも観る者を魅了する表現が可能であることを十二分に知らせてくれる。


作品に関するリスクを考えると、なかなか決心のいった展示方法であると思うが、これを実現したプライスの度量と、関係者の努力にも感謝したい。




鈴木其一の「柳に白鷺図屏風(やなぎにはくろずびょうぶ)」などは、通常のフラットな光のみで見れば、何のことのない絵画に思えるが、この演出により、光が回ると飛び立とうとする白鷺の姿が、鮮やかなほどくっきりと絵の上に現れてくる。驚くべき体験を味わった。

会場のあちこちで、「来てよかった」という声が聞かれたが、まったく僕も同感であった。「江戸文化」あるいは「日本画」などという一面的で表層的な理解をしていた自分を恥じる思いである。





で、このブログのテンプレになっている「虎」にも対面したよ。

ガーフィールドのようなユニークな悪戯顔の虎が気に入ってここに使っていたのだが、実物に面して感激であった。愛らしい悪戯顔ぶりは誰ぞの顔にも似ているかのようであった。

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