総括というのは---「アンダーグラウンド」を再度開いた


総括というのは、考えてみればいろいろな形があるのであり、ここしばらくそれが専ら人と人との「応酬」の形でなされていたことは、そろそろ考え直さなければならない時期が来ていると思う。
自主的に。


全ての「総括」が対話形式で(他人との、という意味)なされなければならないわけではない。
また、質問とそれに対する答という形式でなされなければならないわけではない。



とりとめもないが、そんなことを今考えている。



何年も前に読んだ(はずの)「アンダーグラウンド」を、再度読み始めた。
そこにはサリン事件に遭遇した61名62名の証言が刻まれている。


読み直したことを、どこかにアウトプットできるのか。できないのか。
今はちょっとわからないけれど。


読んでみる。